台所の設計
NHKの趣味どきっ!「人と暮らしと、台所」という番組に、かつて私が憧れた建築家中村好文さんが登場していました。
中村さんは住宅建築、特に台所の設計で定評があります。
中村さんの事務所ではスタッフが交代で昼食を自炊する習慣があり、その台所が紹介されていました。
私はかつて中村さんの事務所で働きたくて、手紙を書き、中村さんが審査員を務めるコンペの会場で待ち伏せして(笑)、後日事務所で話を聞いてもらえるというところまでこぎ着けました。
当日、緊張して事務所の門を叩いたときも(実際には門はありませんが)、その自炊ランチのご相伴にあずかりました。
時々雑誌などにも登場するこの台所、小さいながらも機能的でものすごく密度の高い台所だったのを覚えています。
もちろん中村さん本人も料理が好きで自ら台所に立つ事も多いので、細かいところまで目の届く台所の設計ができるのだと思います。
かくいう私も自分の昼食と家族の夕食のためにほぼ毎日台所に立っています。
それでは、料理をしない設計者は使いやすい台所の設計ができないのかというと、そうではないと思います。
私の知っている設計者で年に1回しか料理をしないという方がいますが、彼はとても使いやすそうな台所の設計をします。
つまりはどこまで台所での作業行動を想像できるかという事が大事なのでしょう。
台所はおそらく住宅の中で一番働き者の場所です(SOHOや店舗併用住宅を除けば)。
作業の種類や道具の数もとても多い。
それゆえ、どうしても設計に力の入る場所ではあります。
最近のシステムキッチンはかなり機能的で見た目も良いのですが、それでもやはり私には既製品を使わずに一人一人のクライアントにあったオリジナルのキッチンを設計したいという思いがあります。
先日、友人の若い建築家とSNSで話をした時にキッチンを設計する時にどんな点を考えるかという議論をしました。
その一部を紹介します。
・汚れた包装を捨てたりするのにゴミ箱はシンクのすぐ下に欲しい。
・右利きの人ならシンクの位置は作業スペースの左にあると切ったばかりの野菜の切りくずなどを包丁で払えばシンク内に落とせる。
・残飯をどう処理するか?シンクに溜めておいて最後にまとめて捨てるか食材を切りながら三角コーナーなどに入れるか?
・残飯をコンポストなどで堆肥化する人の場合は一時貯蔵場所が欲しい。
・三角コーナーはかっこ悪いし邪魔だがそれに変わる機能を持ったシステムキッチンはない。
・デッキ水栓は水栓の根元が濡れるのが嫌だが、壁出し水栓は種類が少ない。
・最近はミキサーなどのハンディな調理家電もあるので、ワークトップ上で使えるコンセントも欲しい。
・床材をどうするか?床に落ちた野菜くずなどを踏むと床が汚れるが、ビニルのクッションフロアは使いたくなく、キッチンマットは置きたくない、固い床は疲れるetc….。
・タイルの床は乾いたところで使うと意外と汚れやすい。
・一般的に言われるワークトライアングル(シンク、コンロ、冷蔵庫)に加えて、電子レンジやオーブンも考慮した動線とすべき。
・ワークトップの高さはコンロに合わせるか?作業スペースに合わせるか?
・ワークトップの素材は何が良いか?
・濡れたまな板をどこに置くか?
などなど、いくらでも出てきます・・・。
調理の仕方や作る料理の種類は人それぞれ違うので、万人に当てはまる台所というのはないように思います。
そう言う意味で、台所は一番クライアントの個性が反映される場所かも知れません。
トイレやお風呂の入り方にそれほどのバリエーションがあるとも思えませんものね?
一方、台所にこだわりすぎる方を目の当たりにすると、どんな厨房でもおいしい料理を作ってしまう料理人は「弘法筆を選ばず」とも思うこともありますので、台所の設計はますます奥が深い・・・。